広島高等裁判所 昭和42年(う)83号 判決 1967年11月06日
控訴人・原審弁護人・弁護人 前野光好
被告人 湯村祐広
検察官 亀田敦夫
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
押収してある刃物一丁(当庁昭和四二年領直第八号)を没収する。
原審および当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は記録編綴の弁護人前野光好が作成した控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
控訴趣意中事実誤認、法令適用の誤りの主張について。
論旨は、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二第一項にいう刀剣類とは、銃砲刀剣類所持等取締法第二条第二項にいう刀剣類と同一のものをいうと解すべきところ、被告人が原判示傷害に使用した刃物は、通称「たんば」といい、塗装職人等が職業上これを使用するものであつて、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二第一項にいう刀剣類にあたらないから、被告人の行為は、刑法第二〇四条所定の傷害罪が成立するにすぎないのにかかわらず、原判決が本件刃物をあいくちと認定し、被告人の判示傷害行為に暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二第一項を適用したのは、事実を誤認し、同条第一項の適用を誤つた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのであり、右論旨に対する検察官の答弁は、暴力行為等処罰ニ関スル法律と銃砲刀剣類所持等取締法とは立法趣旨を異にし、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二第一項に規定する刀剣類は、人を傷害するのに適当な性能を有する刃物であることをもつて足り、本件の刃物はその形態から人を傷害するに適当な刃物であることが明らかであるから、同条にいう刀剣類と認めるのが相当である、というのである。
よつて考察するに、暴力行為等処罰ニ関スル法律(以下本法という)第一条ノ二第一項にいう刀剣類の意義は、昭和三九年法律第一一四号同法等の一部を改正する法律の施行期日当時現行の、すなわち、昭和四〇年法律第四七号による改正前の銃砲刀剣類等所持取締法(以下取締法という)第二条第二項に規定する刀剣類の定義に従い、刃渡一五センチメートル以上の刀、剣、やり及びなぎなた並びにあいくち及び同条項所定の飛出しナイフをいうものと解する。取締法が、銃砲刀剣類等の所持に関する危害予防上必要な規制を加えることを目的として制定されたものである行政法規たる性質を有するのに対し、本法は、同法所定の暴力行為等を処罰の対象として制定された特別刑法に属し、両法が立法の直接の目的を異にしていることは、いうまでもないところである。しかし、取締法第三条は、銃砲刀剣類が性質上しばしば殺人、傷害等の犯罪に供せられる危険物であり、かような犯罪を未然に防止するため、原則としてこれら物件の所持を禁じ、また本法第一条ノ二第一項は、右のごとく取締法において所持さえも原則的に禁止された銃砲刀剣類を用いて人の身体を傷害する行為が著しく危険で悪質な犯罪であることを考慮し、これを特別の犯罪類型として、刑法第二〇四条の定める傷害罪の刑を加重したものと考えられるのであつて、この両規定は、いずれも銃砲刀剣類の有する危険性に着目して設けられた点において共通の基盤に立脚しているということができるから、本法と取締法とが立法の目的を異にしているからといつて、両法の規定する銃砲刀剣類の意義を別個に解釈する必要はない。本法には同法第一条ノ二第一項にいう銃砲刀剣類の定義を定めた規定が設けられていないが、右第一条ノ二を新設した前記改正法律施行当時現行の取締法にその定義が明規されている以上、本法第一条ノ二第一項にいう銃砲刀剣類も、取締法に規定する定義に従い統一的に解釈するのが相当であり、また右のように解釈することが、刑法第二〇四条の罪と本条の罪との間に、一層明確かつ合理的な限界を劃する所以と考える。
これを本件について見るのに、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書及び当審鑑定人菅野伍の鑑定によれば、被告人が本件傷害に使用した刃物(当庁昭和四二年領置第八号)は、「ぬしや小刀」または「たんば」などと呼ばれ、元来塗装職人が塗装の際使用する木製のへらを削る用に供される刃物であつて、市販品であることが認められ、また、右刃物を検するに、その形態、寸法は別紙図面のとおりであつて、切先の角度が八四度の片刃の鋼質性刃物で、刃渡は二一・二センチメートルあり(原判決が刃渡約二三センチメートルと認定したのは誤りである)、刃先は切先から二・八センチメートルのところが九七度の角度で曲つているほかは直線をなし、木製の柄と鞘とがついており、いささかあいくちと似ていることが認められるが、右刃物は本来の用途、その形態に照らし社会通念上あいくちその他前記の意義における刀剣類の類型にあてはまるものとは認めがたい。それ故、本件刃物を用いた被告人の傷害行為は、本法第一条ノ二第一項に該当せず、刑法第二〇四条所定の傷害罪を構成するにとどまるものといわなければならない。
従つて、原判決が、本件刃物をあいくちと認定し、これを用いた被告人の傷害行為に本法第一条ノ二第一項を適用したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤つた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条によつて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用して、当裁判所において更に判決する。
当裁判所が原判決の拳示する証拠と当審において取り調べた鑑定人菅野伍の鑑定とによつて認定した罪となるべき事実は、原判示第一の事実中「刃渡約二三糎」とあるのを「刃渡二一・二センメートル」と、「所携のあいくち」とあるのを「所携の前記刃物」と訂正するほか、原判決の認定したところと同一であるから、これを引用する。
被告人の所為中、判示傷害の点は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、原判示銃砲刀剣類所持等取締法違反の点(原判決のこの点に関する事実摘示は必ずしも適切ではないが、同法二二条所定の刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物を携帯した旨認定した趣旨と解し得られる)は、同法第二二条、同法施行規則第一七条、同法第三二条第二号、罰金等臨時措置法第二条に該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人には原判示前科があるので、刑法第五六条、第五七条により再犯の加重をし、以上の各罪は同法第四五条前段の併合罪にあたるので、同法第四七条、第一〇条により重い傷害の罪の刑に、同法第一四条の制限内で併合加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役八月に処し、没収につき同法第一九条第一項第一号、第二号、第二項を、訴訟費用の負担につき刑訴法第一八一条第一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 幸田輝治 裁判官 高橋文恵 裁判官 浅野芳明)